トレーナーの懇切丁寧な名指導。
私に走るコツをいろいろ教えてくれたウマ娘たち。
周りの人の努力が実を結び、私はURAファイナルズの決勝のターフに足を踏み入れることができた。
「かいちょー!うわぁ、かいちょーもこの舞台に立てたんだね!ボク嬉しいよ!正々堂々勝負だね!」
「あぁ、そうだな、テイオー」
私をとても頼ってくれるトウカイテイオー。
彼女と共に走るレースで優勝できない、ましてや彼女に負けるなんて言語道断、恥ずかしくてできやしない。
そして何よりも、私のトレーニングの一部始終を見てくれたトレーナーのためにも…!
スターティングゲートに入る。
私は8番ゲート。
遠くの1番ゲートに入ったテイオーが私の方を見て、ピースをしながらその屈託のない笑顔を向けた。
(負けられない!)
レース前、トレーナーは私に
「今まで通り先行策で行け。君のその脚は数々のレースを勝ち抜いてきた脚だ。自信を持っていい。」
と言ってくれた。
それにしてもこのレースは錚々たるメンバーだ。
絶対の逃げ足、サイレンススズカ。
怒涛の追い上げ、ゴールドシップ。
日本一のウマ娘を目指すだけのことはある驚異の差し足、スペシャルウィーク。
そしてトウカイテイオーも侮れない。
彼女も私と同じく幾つものレースを乗り越えてこの場にいるのだから。
「位置について。よーい」
ガシャン!
ゲートが開いた。
いつも通りの先行策。
すぐ横にテイオーが来た。彼女も私と同じ作戦を取るのか。
そして先頭。私を序盤からぐんぐん突き放していくのはサイレンススズカ。
テイオーも序盤からかなり飛ばしている。
そして私より1バ身ほど前につけた。
レース中盤。
後ろから徐々に速度を上げていくゴールドシップの圧、私と同じく先行策を取ったウマ娘の中でも後方になってしまったウマ娘たちを静かに、しかし確実に抜き去るスペシャルウィーク。
(まずい…)
私は焦った。自分の前にも後ろにも、負けられない相手、私を置いてきぼりにするつもりマンマンのウマ娘たちがいる。
そう思って私は速度を上げた。
「おっと、シンボリルドルフ、掛かったか?」
そんな声がした。
しかし気にしない。私は私のレースをするだけ。
レース終盤。
自分でも感じる疲労感。
そして横には先頭を狙い後方から速度を上げてきたスペシャルウィークとゴールドシップが見える。
気づけば前の方にいるスズカやテイオーとの差も埋められないほどになっている。
(私はこのレース、勝てない…)
その絶望感からか、徐々に速度が落ちていく。
何とか最後の気力を振り絞ってゴールしたが、結果は8着。
1着はサイレンススズカ。
彼女らしい逃げ足が、最後、この日本一の舞台で実を結んだのだ。
私がゴールした時には、既にテイオーも、ゴールドシップも、スペシャルウィークも、各々自分を応援してくれた観客に向けて笑顔で手を振っていた。
私は負けたのだ。
できることなら、このレースをやり直したい!
レース終わり。
トレーナーが私に声をかける。
「ルドルフ、お前掛かったろ?中盤から終盤にかけてのペースダウンは正直言って目も当てられなかった」
トレーナーは、私のレース中盤からの疲労に気づいていたのだ。
「なぁ、ルドルフ」
トレーナーがさらに話を続ける。
「お前、バレンタインの時に「私は魔法が使えるんだ」と言って俺にチョコを渡してくれただろ?」
「あぁ、そんなこともあったな」
「俺も魔法が使えるんだ、たった2回きりだけどな」
私は驚いた。
トレーナーは私に目覚まし時計を1つ渡した。
「お前は明日、この目覚ましが鳴った時にちゃんと起きろ。このレースをやり直させてやる」
「絶対に勝てよ、俺はお前が日本一のウマ娘として輝いてる姿をこの目で見たいんだ」
そう言い残して、トレーナーは私の目の前から去っていった。
思いもよらない形でこのレースをやり直せると聞いて、私はただ呆然とした。
そして、寮に帰って眠りについた。
ジリリリリリ…
目覚ましが鳴った。それと同時に私も目覚めた。
何の変哲もない1日。しかし、私にとっては「やり直し」の1日。
レース前、またトレーナーに呼ばれる。
「昨日と同じ、先行策で行け。周りのウマ娘に気を取られるな。君は自分の走りを突き詰めればいい。」
そう言われ、私はただ静かに頷いた。
目の前には昨日も踏んだターフ。
「かいちょー!うわぁ、かいちょーもこの舞台に立てたんだね!ボク嬉しいよ!正々堂々勝負だね!」
昨日と全く同じ言葉で意気込んでくるテイオー。
よく見たらこのレースに出てるウマ娘も昨日と全く一緒だ。
そこで私は今日が「やり直し」の1日なのだと強く実感した。
今日こそは、負けられない!
ゲートに入る。
今回は、私は5番ゲート。真横の6番ゲートにテイオー。
テイオーは口元に手を当て、小声で私に
「今日は負けないからね」
と言った。
(それは私も同じ気持ちだ、テイオー)
そう自分に言い聞かせると、徐々に自分が昨日よりも調子が良くなっていくのを感じた。
ガシャン!
ゲートが開いた。
やはり逃げるのはサイレンススズカ。
私とテイオーはそれぞれ3,4番手に控えている。
そんなのお構いなしと言った感じで、スズカは私たちに5バ身、6バ身と差をつけていく。
しかし私は決めたのだ。
「今日は焦らない、自分の走りをするだけ」と。
しかも今日の私は昨日の私とは違う。
スペシャルウィークやゴールドシップがどのタイミングで追い上げてくるかも分かっているのだ。
彼女らの追い上げのタイミングよりも前に仕掛ければいいだけ。そして、序盤にテイオーを突き放す。
私は早々にこのレースをスズカとのタイマンに持ち込むために、テイオーを置いて2番手につけた。
自分のペースで直線で加速し、コーナーで一息つきながら、先頭のスズカを捉えに行った。
ふと後ろを見る。
徐々ににスペシャルウィークとゴールドシップが追い上げてくるのが見えるが、そんなのは敵じゃない。テイオーとの距離もだいぶ離せた。
3位以降との距離が絶対的に離れてることを確認して、私は全力で前のスズカを見た。
しかし、スズカの速度は序盤程では無いにしろ、私との距離はだいぶ離れている。
でも今回は負けない。負けられないのだ。
スズカと私なら、末脚には私の方がやや有利ではある。
そのことを自信に、ラストスパート。
徐々にスズカと私の距離が縮まっていくのが分かる。
行ける!行けるぞ!
そう思ったのもつかの間。
ここは中山。
最後の直線が短いのだ。
ラストスパートでスズカと自分の距離を詰めるのはかなり厳しい。
そう気づいたが、私は負けられない。
このレースを2度走っているのだ。2度も負けたらテイオー、そしてトレーナーに顔向けできない。
そう思い、最後の直線、全力で走り抜いた。
…が、スズカには1歩届かず、2着。
悔しい!
レース後、トレーナーが私に声をかける。
「なぁルドルフ、もう一度やり直すか?」
あぁ、私はトレーナーから2度もこの言葉を引き出してしまったのだ。
顔厚忸怩。
しかし、私はトレーナーの目を見て
「あぁ、やり直す。トレーナーが見たい景色を見せるためにな」
と言った。
「…分かった」
そう言って、トレーナーは頭を掻きながら私に目覚まし時計を1つ渡した。
「ラストチャンスだ。次は悔いの無いように走れ」
そう言うと、トレーナーはまた私に背を向けて去っていった。
ジリリリリリ…
目覚まし時計が鳴った時、私は感じた。
「あぁ、またやり直しか…」
レース前、またトレーナーに声をかけられる。
「ルドルフ、今日は作戦なんていい。自分の好きなように走ってみろ」
(自分の好きなような、走り…!)
その言葉が体全身を駆け抜け、昨日以上に自分の気分が昂ってくるのが分かる。
「分かった、精一杯走ってみよう。トレーナーが見たい景色を見せるためにな」
そう言って、私はトレーナーに背を向けターフへ足を運ぶ。
「かいちょー!うわぁ、かいちょーもこの舞台に立てたんだね!ボク嬉しいよ!正々堂々勝負だね!」
テイオーのこの言葉を聞くのも3度目。
同じメンバーで同じレースを走るのも3度目。
ただ、昨日と1つ違う点がある。
スズカの調子が悪そうなのだ。
まぁいい。どうせスズカは逃げる。テイオーも先行策をとる。スペシャルウィークやゴールドシップも後方から追い上げる作戦を取るはずだ。
私は私の走りをすればいい。
ゲートに入る。
私は一番大外の18番ゲート。
遠く彼方の1番ゲートでテイオーが私にピースサインを向けている。
今度は、勝つ。
ガシャン!
ゲートが開いた。
やはり先頭に立つのはサイレンススズカ。
しかし、不調そうという私の読みが当たっているのか、昨日ほどテイオーたち先行集団との差が離れていない。
ちなむと、私はスペシャルウィークやゴールドシップと同じ、後方から追い上げる作戦で走ることに決めた。
どうもここ2日間走ってみて、序盤から先頭集団に立つと、最後の追い上げで自分が思ったように速度を上げられないということに気づいたのだ。
だから、序盤は体力を温存して、ラストスパートで勝負をかけることにした。
レース中盤。
そろそろスペシャルウィークやゴールドシップが仕掛けてくるだろうと思い、私は徐々に速度を上げ始める。
そして前の方を見る。
テイオーが今にもスズカを抜きそうな勢いで速度を上げていたのだ。
(2度もテイオーに負けるわけにはいかない!)
そしてテイオーの加速はついに先頭のスズカを捉え、最終コーナーの辺りでテイオーは先頭に立った。
私も最終コーナーで先頭を捉えるために速度を上げた。スペシャルウィークやゴールドシップよりもラストを仕掛けたのが早かったのが功を奏したのか、2人はまだ後方。
レース終盤、3人くらい抜いたあたり。
(私の中に、今まで感じたことのない力を感じる!)
自分でも気づかないうちに速度が上がる。
もう後ろのウマ娘なんか目じゃない。
狙うはただ1人、トウカイテイオー。
「汝、皇帝の神威を見よ!!!!」
そう叫ぶと、さらに私は速度を上げる。
徐々に順位が上がっていき、ついにテイオーの姿を捉えた。
(この速度と体力なら、行ける!)
最後の直線。
もう何が何だか分からないくらいにむちゃくちゃに走った。
ただひたすらにトウカイテイオーの背中を追う。
もう少しで、追いつく!
テイオーも抜かれてたまるかと速度を上げる。
しかし私には分かる。
今の私なら、彼女を抜ける。
ゴール直前、ついに私はテイオーと並んだ。
不思議と体力に余裕がある。
勝ちを確信した。
「ごめんねテイオー、日本一は、私だ」
そう言い残し、駆け抜けた。
ゴールした時に私の目の前には誰もいない。
優勝したのだ。
ホントは叫びたい。この喜びを声に出したい。
しかし、そんなことしたら恥ずかしいじゃないか。
後ろでテイオーも見ているんだ。
強がって、私は応援してくれた観客の前で腕を組んで仁王立ちした。
「かいちょー!さっすがかいちょーだね!」
「おールドルフ!最後の追い上げなかなかのモンだったぜぇ?なんか強くなれる念とかあるのかよ〜」
「ルドルフさん、さすがです。追いつけませんでした…」
あぁ、優勝して見える景色はこんなに気持ちいいのだな…
私に話しかけてきたウマ娘たちの笑顔を見て、私も思わず笑顔になった。
さて、レースが終わったらウイニングライブだな。
鏡の前で今一度振り付けを確認する。
この日のために、何度も踊った振り付けだ。
「うーん、何度踊ってもこの「アタシだけにチュゥする」の部分の振り付けは恥ずかしいな…」
少し顔を赤らめた。
「トレーナー、ちゃんと受け取ってくれるだろうか」
そう言って、私は鏡に向かってそっと投げキッスした。
「それでは、ウイニングライブの時間です!レースを勝ち抜いたウマ娘たちの輝く姿!ぜひ!ご覧下さい!」
「位置について、よーい、ドン!」
終わり