驚くなかれ。
僕がお母さんの本当の年齢を知ったのは大学に入ってからだ。
物心付いた時からずっとお母さんに「私は永遠の56歳」と言われて育ってきた。
なんだかんだ1度も疑うことは無かった。
「そっか、ママはずっと56歳なんだぁ」
幼いながらにずっとそう思ってた。
年齢をごまかすことに意味は無いし、何より本人が言うのだから間違いないのだろうって思ってた。
思えば毎年お母さんの誕生日にケーキを買っていた。
ケーキに刺さっているのは毎年「56歳」を示すロウソク。
ある年は太めのロウソク5本に細いロウソク6本、またある年は数字の5と6の形をしたロウソクがそれぞれ1本ずつ。
何の疑いもなく中学で鹿児島へ行くために実家を出るまでの約10年間、毎年のように「母の56歳の誕生日」を祝ってきた。
中学・高校と少ないながらも親の年齢の話になったこともあった。
「お前のお母さん何歳?」
そう聞かれると毎回こう答えてた。
「お母さんは永遠の56歳だよ」
だってお母さんがそう言うから。
56歳以外の年齢になるお母さんを知らないから。
別に親の年齢を知らなくても困ることは無いし。
誕生日さえ覚えていれば、また「母の56歳の誕生日」を祝うことができるのだ。
「ケーキやプレゼントありがとう」って言ってくれるその笑顔で十分ではないか?
そう思ってた。
いつからか僕に母の年齢を聞く人は居なくなった。
その代わり、「お母さんってどんな人?」「何で56歳なの?」って質問が増えた。
お母さんがどんな人か。
10何年、自分の目で見てきた母のありのままの姿を教えたつもりだ。
何で56歳なのか。
そんなの分からない。ずっと56歳で居続ける母の姿が当然だから。
当然のことに理由を付けることほど難しいことはない。母は自明に「永遠の56歳」なのだ。
高校を卒業し、1年間浪人して、大学への入学が決まった。
入学してすぐ、親の年齢を知らないと困る状態に陥った。
奨学金の手続きだ。
奨学金の手続きの書類には、自分の今の家庭状況を書く欄があり、そこに同居している家族の名前と職業と続柄と年齢を書かないといけなかった。
書類を手に取り、僕はお母さんに聞いた。
「お母さんって、永遠の56歳だよね?」
別に疑う理由は無い。ずっと信じてきたことを疑うのには勇気がいるから。ほんの確認だ。
「そうよ」
いつものトーンで返ってくる。
「奨学金の書類にそう書いて大丈夫だよね?嘘書いて奨学金貰えないと困るから一応確認ね?」
お母さんの口が止まる。
そしてゆっくり僕の方を向く。
口を開く。
「ホントは____昭和XX年生まれよ」
ビックリした。
自分のお母さんに「本当の年齢」があるなんて思わなかったから。
しかし、まだ信じてた。
「2018(大学入学したのが2018年)から昭和XX年を西暦に直した数を引けば56になるはずだ」って。
引いてみた。2度確かめた。
______違ったのだ。
お母さんは56歳では無かったのだ。
正直言ってショックだった。
自分が20年近く信じてきたことが否定されたから。
知るんじゃなかった、とまで思った。
でも、お母さんの「本当の年齢」を知ったところで今さらそれを受け入れるわけもなく、今年も、来年も、ずっと「お母さんの56歳の誕生日」を祝い続けるのだろうと思う。
お母さんが死んだ時に「そっか、お母さん○歳まで生きたんだぁ」って分かれば、別に今何歳だろうがどうでもいい。
ただ書類を書く上で「お母さんの生年月日」は必須情報だから覚えておくだけで、今さらお母さんの本当の年齢なんてただの飾りである。
個人的には、お母さんが56歳の内に死ぬのが1番自分の中で納得がいく。
名実ともにお母さんが「永遠の56歳」になれるから。
中学・高校と誰も信じてくれなかったことが事実になるなら、これほどまで嬉しいことはない。
見返せるのだ。
しかし56で死ぬのはあまりに早い。
なんなら僕も少し計算しないとあと何年後(もしくは何年前)にお母さんが56歳になるのか分からないので怖い、というのもある。
想像してみよう。
明らかに90歳くらいの見た目をした自分の母親が、
死ぬ間際になってなお
「私は永遠の56歳」と言ってるところを。
まぁ、それはそれで見ていておもしろい。
何にせよ、お母さんには今まで通りマイペースに生きていて欲しい。
変な親を持ったなぁ…笑