君に名前はない。
それはそうだ。
君は今、僕が拾った捨てねこだったのだから。
君は白いな、とにかく白い。
この世のあらゆる汚れを知らないような白。
街中にいれば確実にあらゆる人の視線を浴びる。
そんな中、君は僕と出会った。
誰もが視線を向ける中、無視されてきたのだろう。
それが「汚れ」であると知らないままに。
君と僕の目があったとき、
僕はそっと君を抱いた。
この世のものとは思えない抱き心地。
それにより満たされる幸福感。
愛を感じた。
だから君は今ここにいる。
そろそろ君に名前を付けよう。
いつまでも「君」でいるのは、
あまりに味気ないだろう。
君の凛々しい目。
君に僕は「凛々子」という名前を与えた。
りりこ。りりこ。
口の中で何度も復唱する。
君は何も返事をしない。
おおかた、君は過去に「凛々子」と呼ばれなかったのだろうことは容易に推測できる。
でも、今の僕にとって君は「凜々子」だ。
名前を呼んでも返事が無いのはとても寂しい。
真夜中に凜々子をそっと抱きながら感じる孤独。
冷蔵庫に向かい、僕は缶ビールを1本取り出す。
凜々子がそれに興味を示す。
「お前、飲めるのか?」
凜々子は首を横に振る。
会話が成立したことにほのかな喜びを感じる。
「なぁ、凜々子?」
やはり返事は無い。
拾ったときのままの凛々しい目を僕に向けるだけ。
その目に僕は惹かれたのだ。
そのまま凜々子を自室のベッドに連れて行き、
そのまま抱いた。
目、耳、鼻。
全てに温もりを感じる。
なおも自分の肌で凜々子の温もりを感じる。
目を閉じて、全身を撫でまわした。
ふと目を開け、凜々子の顔を覗く。
なぁ、凜々子。
どうしてそんな怯えたような顔をするんだ?
見知らぬ僕に触れられるのが怖いか?
なら怖いと言ってみろよ。
見知らぬ僕に懐かれるのが怖いか?
なら怖いと言ってみろよ。
怯えて声も出ないのか?
そっと頭を撫でる。
心なしか、少し表情が和らいだ感じがする。
なおも僕は凜々子を抱く。
次第に凜々子を抱くことによって得られる満足感は僕の快楽へと変わった。
凜々子。
凜々子と一緒に快楽の淵へ行こう。
凜々子も快楽の淵を知りたくないか?
凜々子は体を横にし、いわゆる「ネコの服従のポーズ」を取った。
服従、当然同意とは異なる。
凜々子の目に若干の諦念が映る。
服従ポーズの凜々子に僕は覆いかぶさった。
凜々子。凜々子。
「...」
凜々子が声にならないような微かな声を上げた。
「快楽の淵へ、行こうか」
僕は凜々子を抱く。
ひたすらに抱く。
それで満たされるのは自分だけなのに。
そう思った途端、僕の中から快楽は消えた。
ふと冷静になる。
寝よう。夜ももうすぐ明ける。
僕は目を閉じる。
ベッドの上の凜々子も目を閉じる。
朝日が目に入り、僕は目を覚ます。
凜々子はベッドにいなかった。
窓を開ける。
僕の目に映るのは、
いつもと何の変わりのない、
男とネコが半々の世界。